社名の由来

尼屋(あまや)ものがたり

平塚市を流れる相模川の河口に、須賀(すか)という地域があります。

須賀では、はるか昔から漁猟がおこなわれており、住んでいた人々は獲れた魚や貝を干物に加工して、山間の人達と物々交換をしていたと言われています。

須賀公民館提供
須賀公民館提供
須賀公民館提供
須賀公民館提供
須賀公民館提供
須賀公民館提供

小田原北条氏が栄えていた頃(1495~1590)、摂津の国(兵庫県の一部)尼崎から須賀の地に移り住んだと言われる清田家先祖(清田伊八)は、尼崎が出身地であることから故郷をしのぶ縁として、屋号を「尼屋(あまや)」と名付けたと言われています。

清田家に代々伝わる古文書(小田原北条氏の印判状6通)は、昭和37年2月8日に平塚市の重要文化財に指定されましたが、古文書の内容から判断すると、清田家は廻船問屋・干鰯(にしん、いわし等の乾燥肥料)商を営む須賀の有力者で、小田原北条氏が支配していた時代には、須賀の小代官をつとめていたと考えられています。

小田原北条時代の須賀港は伝馬制の宿駅に相当する「浦」のひとつで、当時は物資などを浦から浦へ船送りする制度である、海上交通のための「浦伝制(うらづたい)」がありました。

このため北条氏にとって須賀の港は直轄地となっていたものと思われ、小代官・代官等をもってこの地を管掌させていたようです。また、相模川上流の木材が筏士(いかだし)によって須賀まで運ばれ、小田原本城や鎌倉の寺社建築の用材として各地に送られていきました。

清田家(尼屋)文書を詳しく見る
https://hirahaku.jp/web_yomimono/hirareki/hirareki22.html


清田家は明治時代まで今の平塚漁港付近に居所がありましたが、鉄道(東海道本線)の開通に伴い、将来を見据え平塚駅南口に移転しました。


戦後しばらくして、清田家は食糧難を少しでも緩和するためにパンの製造販売業を営み、昭和53年に閉店するまでは、地元の港小学校や花水小学校に給食のパンを提供していました。
ちなみに、写真にもある「駅南口」のバス停は、なぜか駅から少し離れた尼屋の前にありました。食糧を求め、地域の人が集まるスポットだったのかもしれません。

家紋(ロゴマーク)エピソード

鎌倉時代の執権「北条氏」と戦国時代に小田原城を本拠とした「後北条氏」、同じ一族かと思いきや、血縁関係は無いと言われています。

鎌倉時代の執権、北条氏が家紋に「三つ鱗(みつうろこ)」を使いはじめた由来は、江の島にあるとされています。
北条政子の父である北条時政が、江ノ島弁財天に子孫の繁栄を祈願していました。
祈り続けていたある夜のこと、北条時政の目の前に神秘的な衣をまとった美女(弁財天)が突然目の前に現れました。そして、厳かな声で北条家の未来についてお告げをしたそうです。

「あなたの前世は箱根の法師です。修行して徳を積み、この世に生まれ変わりました。素晴らしい前世を持つあなたの子孫は、末永く日本の主となって繁栄することでしょう。しかし、正しい行いをしなければ、七代以上は続きませんよ。」

弁財天はお告げの後、大蛇(龍)に変身し、海中へと消えていったそうですが、その後ろに三枚の鱗を残していったそうです。

そして北条時政は「所願成就した」と喜び、残された三枚の鱗を家紋に使用することにしました。このようにして、北条家の家紋は「三つ鱗」となったといわれています。

鎌倉時代の北条氏と後北条氏の家紋の違いとしては、前者が正三角形を組み合わせた「三つ鱗」であるのに対し、後北条氏は二等辺三角形を組み合わせた「三つ鱗」を使用しているところにあります。

北条鱗

北条鱗とも呼ばれています

戦国時代の北条氏は、家紋をはじめ執権時代の北条氏の模倣ばかりをしていますが、関東地方で100年ほどの力を持っていたことを考えると、名門一族の名、いわばネームバリューを利用したことは、権威を示すための賢い選択だったのではと感じます。今でいうイメージ戦略ですね。

北条氏の家紋に通じる旧ロゴマーク

旧ロゴマーク。

ロゴマークの意味

株式会社アマヤロゴ

アマヤのコーポレートカラー「青」は信頼と誠実を表現しています。

北条氏の家紋「三つ鱗(みつうろこ)」をモチーフに、アルファベット“AMAYA”を織り交ぜ、三角形には、「買い手よし」「売り手よし」「世間よし」という近江商人の経営哲学「三方よし」の理念をこめています。

中央には日の丸をあしらい、仕事を通して人々のお役に立ち続けることで、地域社会への貢献、ひいては、美しい日本の創生につながるという志をイメージしています。

所さんの学校では教えてくれないそこんトコロ!
2019年5月17日放送 20:54 – 21:54 テレビ東京


古文書


清田恒顕


平塚市の重要文化財


北条家当主の印


北条氏政からの朱印状


東海道平塚宿で450年続く旧家